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最高裁判所第一小法廷 昭和23年(れ)1061号 判決 1948年12月16日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人齋藤熊雄、同海野普吉、同位田亮次上告趣意第一點について。

原判決の基礎となった原審第一回公判調書によれば、檢事が事実及び法律の適用について意見を陳述している記載のないことは所論のとおりである。刑訴第三四九條第一項には、「證據調終りたる後、檢事は、事実及法律の適用に付意見を陳述すべし」と定め、同第二項には、「被告人及辯護人は、意見を陳述することを得」と定め、同第三項には、「被告人又は辯護人には、最終に陳述する機會を與ふべし」と規定している。證據調が終った後に、檢事が事実及び法律の適用について意見を陳述することは、一般的に国家機關である檢事の職務として訓示的に定められたものである。それ故、證據調が終った後に、檢事が意見を陳述しようとするのを、裁判所が阻止してそのまま結審し、判決を言渡した場合には、その手續が違法であることは、言うを待たないところである。しかし、裁判所はもとより檢事に對して事実及び法律の適用について意見の陳述を強制することはできないのである。それ故具體的の事件において檢事が自ら意見の陳述をしないときに、そのまま結審し、判決を言渡した場合には、事情により檢事の職務遂行に關する責任問題が残ることがあるかも知れないが、裁判所の判決手續には何等の違法がないものと言うべきである。されば、檢事の意見陳述を聽かなければ、絶對に判決の言渡ができないとする見解は、到底是認することを得ない。次に、被告人及び辯護人の意見陳述は權利として認められているが、もとより義務として定められてはいない。それ故、裁判所がこの權利を阻止して判決をすれば、その手續は違法であるが、この意見陳述をしない場合には、そのまま判決をしても、手續の違法を生じない。この關係は檢事の場合と全く同様である。ただ、人權擁護の見地から、特に被告人又は辯護人には、最終に陳述する機會を與えることが、裁判所に對して要請せられている(同條第三項)。若し、裁判所が、この要請に反して最終陳述の機會を與えなかった場合には、手續違反として絶對的上告理由となるのである(刑訴第四一〇條第一七號)。これに反し、檢事には、意見を陳述する機會を與える旨を特に告げることが、裁判所に對して要請されてはいない。從って、裁判所が檢事に對して意見陳述の機會を與える旨を特に告げなかった場合においても、何等の手續違反はなく、もとより絶對的上告理由となるべきものではない(刑訴第四一〇條参照)。この理は、刑事訴訟において、當事者主義の色彩が強くなった今日と雖も、同様に解すべきものである。ただ裁判所が、證據調を終った旨を檢事に告げれば、檢事は、必要と認めるときは、自ら進んで刑訴第三四九條第一項により国家機關である職務の遂行として意見の陳述をするわけである。裁判所は、審理の過程において檢事に對し單に證據調を終った旨を告げて、その職務遂行の時期を指摘さえすれば、それで十分であって手續に瑕疵はないものと言わなければならぬ。さて、本件においては裁判長が、事実及び證據調を終った旨を立會檢事に告げていることは明白であるから、その點に關する論旨は、理由がない。なお、本件の実際においては、檢事は現実に意見の陳述をしたのにかかわらず、公判調書に記載洩れとなっているというのが、あるいは事の真相であるかも知れない。若し、假りにそうだとしても、かかる公判調書の瑕疵は、原判決に影響を及ぼさないこと明白であるから、これを捉えて上告の理由とすることはできない。されば、何れにしても本論旨は採用することを得ないものである。

同第二點について。

本件清酒中味賣の取引に適用される昭和一八年大藏省告示第一三七號によれば、小賣業者販賣價格は、その小賣業者の店先渡の價格であることは、所論のとおりである。しかし、被告人が要した運賃は、釧路市内の敷島商會から同市内の中野賢次方まで清酒中味一石を馬車で運んだ料金に過ぎない。これを、原判決で認定した超過額合計六萬三千三百圓に對比すれば、極めて少額であって、かかる運賃の控除の有無は、原判決の量刑に影響する程度のものとは到底考えることができない。原判決には、前記運賃に相當する額を控除しないで超過額を認定した違法が存することは、まさに論旨の指摘するとおりであるが、かかる違法は、前述のごとく原判決に影響を及ぼさざること明白であるから、上告の理由とすることはできない。

よって刑訴第四四六條に從い、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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